- 酒井光次郎さんは愛媛マンダリンパイレーツの投手コーチ。背番号88、1968年1月31日生まれ、大阪府出身です。
- 松山商業高から近畿大を経て、1989年のドラフト1位で日本ハムファイターズに入団。1年目に3完封を含む10勝を挙げました。
- 1997年に阪神タイガースへ移籍し、同年限りで現役を引退。29歳でした。
- 引退後は台湾(チャイニーズタイペイ代表・統一・富邦)、NPBのスカウトとスコアラー、BCリーグ、社会人の日本生命と、野球界のさまざまな立場を経験しています。
酒井光次郎(さかい みつじろう)さんは、四国アイランドリーグplus・愛媛マンダリンパイレーツの投手コーチです。大阪府出身。松山商業高から近畿大に進み、1989年のドラフト1位で日本ハムファイターズに入団した元プロ野球投手です。
このページは、JOB PITCH(ジョブピッチ)が愛媛マンダリンパイレーツの関係者を紹介する「指導者ガイド」の1本です。JOB PITCHはスポーツ経験者のセカンドキャリアを支援しているため、競技を終えたあとにどんな道を歩いたのかという視点から書いています。
酒井光次郎さんのプロフィール
| 氏名 | 酒井 光次郎(さかい みつじろう) |
| 現職 | 愛媛マンダリンパイレーツ 投手コーチ(背番号88/2025年〜) |
| 生年月日 | 1968年1月31日 |
| 出身 | 大阪府 |
| 身長・体重 | 171cm・83kg |
| 投打 | 左投左打 |
| 選手歴 | 松山商業高 → 近畿大学 → 日本ハムファイターズ → 阪神タイガース |
| 指導者歴 | チャイニーズタイペイ代表 → 統一ライオンズ → 信濃グランセローズ → 日本生命 → 富邦ガーディアンズ → 愛媛マンダリンパイレーツ(2025年〜) |
選手として|ドラフト1位、1年目に10勝
酒井さんは松山商業高から近畿大へ進み、1989年のドラフト1位で日本ハムファイターズに入団しました。
武器はスローカーブ。プロ1年目に3完封を含む10勝を挙げ、いきなり結果を出しています。
その後1997年に阪神タイガースへ移籍し、同年限りで現役を引退。29歳での区切りでした。
引退後|台湾へ渡るという選択
引退後、酒井さんが選んだのは台湾でした。
台湾アマチュア野球協会の専属コーチとなり、チャイニーズタイペイ代表の投手コーチ(1998年〜2004年)を7年間。その後は台湾プロ野球(中華職棒)の統一ライオンズで投手コーチ(2005年〜2007年)を務めています。
引退直後に海外へ出る元プロ野球選手は、当時としては多くありませんでした。結果的にこの選択が、その後20年以上のキャリアの土台になっています。
帰国後|スカウト、スコアラー、独立リーグ、社会人
帰国後の酒井さんは、野球界のさまざまな職種を経験しています。
- 1998〜2004年チャイニーズタイペイ代表 投手コーチ
- 2005〜2007年統一ライオンズ(台湾)投手コーチ
- 2008〜2009年横浜ベイスターズ スカウト
- 2010年横浜ベイスターズ スコアラー
- 2011年BCリーグ・信濃グランセローズ 投手コーチ
- 2012〜2021年日本生命(社会人野球)投手コーチ
- 2022年日本生命 アドバイザー
- 2023〜2024年富邦ガーディアンズ(台湾)二軍投手コーチ
- 2025年1月〜愛媛マンダリンパイレーツ 投手コーチ
コーチだけではありません。スカウトとして選手を見つける仕事、スコアラーとして相手を分析する仕事も経験しています。プロ、社会人、独立リーグ、海外リーグ、そして代表チーム。野球に関わる立場を、ほぼひととおり経験してきたキャリアです。
このキャリアから見えること
酒井さんのキャリアが教えてくれるのは、「野球に関わる仕事」は指導者だけではないということです。
スカウト、スコアラー、アナリスト、トレーナー、フロント、広報。そして日本国内だけでなく、海外リーグという選択肢もあります。29歳で現役を終えてから28年、酒井さんはそのいくつもを実際に歩いてきました。
もしいま「野球しかやってこなかった」と感じている人がいるとしたら、その「野球」の中に、想像しているよりずっと多くの職種があります。
愛媛マンダリンパイレーツについて
球団の歴史やこれまでにNPBへ進んだ選手は愛媛マンダリンパイレーツの記事に、2026年シーズンの所属選手は選手ガイドの一覧にまとめています。独立リーグ全体からNPBへ指名された選手の一覧はこちらです。試合日程・チケットなどの最新情報は球団公式サイトをご覧ください。
JOB PITCHは2026年7月より、同球団の山田空暉投手の個人パートナーとして協賛しています。
よくある質問(FAQ)
Q. 酒井光次郎さんはどんな投手でしたか?
A. 1989年のドラフト1位で日本ハムファイターズに入団した左腕です。スローカーブを武器に、プロ1年目に3完封を含む10勝を挙げました。1997年に阪神タイガースへ移籍し、同年限りで現役を引退しています。
Q. 酒井光次郎さんの引退後の経歴は?
A. 台湾に渡り、チャイニーズタイペイ代表の投手コーチ(1998年〜2004年)、統一ライオンズ投手コーチ(2005年〜2007年)を務めました。帰国後は横浜のスカウト(2008年〜2009年)とスコアラー(2010年)、BCリーグ・信濃グランセローズ投手コーチ(2011年)、日本生命投手コーチ(2012年〜2021年)とアドバイザー(2022年)、富邦ガーディアンズ二軍投手コーチ(2023年〜2024年)を経て、2025年1月に愛媛マンダリンパイレーツの投手コーチに就任しました。
Q. プロ野球選手が引退後に就ける仕事にはどんなものがありますか?
A. 指導者(コーチ・監督)のほか、スカウト、スコアラー、アナリスト、トレーナー、球団フロント、解説者などがあります。酒井光次郎さんはこのうちコーチ・スカウト・スコアラーを実際に経験しており、活動の場もNPB・社会人・独立リーグ・海外リーグと幅広いのが特徴です。
本記事は球団公式サイトおよび報道・公開されている記録をもとに、執筆時点(2026年8月)の情報として作成しています。掲載内容の修正・削除のご要望は、ご本人・球団関係者の方を最優先でお問い合わせより承ります。速やかに対応いたします。


コメント