4度の戦力外通告。オリンピックでの手痛いエラー。それでも「人生のピークは常に未来にある」と言い切る元選手がいます。結論から言えば、G.G.佐藤(佐藤隆彦)さんのセカンドキャリアは「どん底の経験こそが、ビジネスの世界で最強の資産になる」ことを証明した実例です。西武の主砲として活躍し、戦力外の後はイタリアリーグ、ロッテを経て引退。現在は住宅測量・地盤改良の株式会社トラバースの副社長を務めています。公開インタビューをもとに、その転身を追います。
- G.G.佐藤さん=西武の主砲として活躍。2008年北京五輪では悔しい経験も、公の場で語り続ける
- 2011年の戦力外後、イタリアリーグを経て千葉ロッテでNPB復帰という異色の経歴
- 引退後は株式会社トラバースに入社。営業から経験を積み、2021年に副社長へ就任
- 学び=挫折は隠すと重荷、語れば資産。「全部を語れる人」は信頼される

主砲、戦力外、そしてイタリアへ
結論:G.G.佐藤さんは「終わった」と言われた場所から2度立ち上がっています。西武の主砲として本塁打を量産し、2008年の北京五輪では日本代表に選出。しかし五輪では悔しいエラーを経験し、その後成績が下降。2011年に戦力外通告を受けます。
普通なら心が折れる場面で、佐藤さんはイタリアンベースボールリーグ(ボローニャ)へ。そして2013年には千葉ロッテと契約し、NPB復帰を果たしました。「もうだめだ」を、外の世界への扉に変えたのです。
引退後——営業マンから、副社長へ
結論:元プロのプライドを置いて、営業の現場から積み上げました。引退後、佐藤さんは実父が社長を務める株式会社トラバース(住宅測量・地盤改良)に入社します。「社長の息子」「元プロ野球選手」という看板に甘えず、開発営業部のマネジャー、千葉営業所所長と現場で実績を重ね、2021年4月に副社長へ就任しました。
公開インタビューで佐藤さんは、北京五輪のエラーも戦力外も含めて、すべてを率直に語っています。失敗を語れる人は、お客様からも部下からも信頼される。ネタにできるほど消化した挫折は、ビジネスの現場で強力な人間力になります。
G.G.佐藤さんの転身から学べること
①挫折の「語り部」になる。面接でも営業でも、きれいな成功談より、失敗からどう立ち上がったかが人の心を動かします。②プライドは置く、誇りは持つ。元プロの看板に頼らず現場から始める姿勢と、勝負の世界で戦った誇りは両立します。③家業・中小企業は有力な選択肢。大企業だけが就職先ではありません。実力次第で経営に近いポジションまで早く行ける環境です。
24歳での引退から知的キャリアを開いた高森勇旗さんの特集、戦力外から独立リーグに挑んだ村田修一さんの特集、実例の全体像は「戦力外・引退後のセカンドキャリア実例まとめ」もどうぞ。
よくある質問(FAQ)
Q. G.G.佐藤さんは今何をしていますか?
A. 住宅測量・地盤改良の株式会社トラバースで、千葉営業所所長などを経て2021年4月から副社長を務めています(公開インタビューより)。
Q. G.G.佐藤さんは戦力外の後どうやってNPBに復帰したのですか?
A. 2011年の戦力外後、イタリアンベースボールリーグのボローニャでプレーし、その後千葉ロッテと契約してNPB復帰を果たしました。海外リーグ経由の復帰という異色のルートです。
Q. 元アスリートが一般企業で役員になることはできますか?
A. できます。G.G.佐藤さんは営業の現場から実績を積み副社長になりました。競技で培った目標達成力・逆境耐性に加え、謙虚に現場から学ぶ姿勢が鍵です。
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