連載「セカンドキャリア・ストーリー」は、スポーツに本気で打ち込んだ人が、引退後にどんな道を歩んだのかを、本人の言葉で伝えていく企画です。記念すべき第1回は、JOB PITCH代表の山田将大。高校野球、社会人野球を経て四国アイランドリーグ(独立リーグ)でプレーし、引退後にぶつかった「セカンドキャリアの現実」が、このサービスの原点になっています。
プロフィール:山田将大/元・四国アイランドリーグ選手。引退後、球団紹介の就職を断り個人事業主として独立。複数企業から案件を受注し収入を立て直したのち、SHIROTSUME GRASS株式会社で人材ブランド「JOB PITCH」を立ち上げ。
独立リーグでプレーするということ
― まず、どんな選手だったんですか?
高校で野球をやって、社会人野球を経て、最後は四国アイランドリーグ(独立リーグ)でプレーしていました。独立リーグって、プロを本気で目指す人にとっての”最後のチャレンジの場”なんです。ここから NPB(プロ野球)に行く選手もいる。でも現実は、ほとんどがプロになれずに野球を諦めていく世界でもあります。
僕自身も、野球に人生をかけてきた。だからこそ、辞めるという決断は本当に重かったです。
引退を決めたとき、一番不安だったこと
― 引退を決めた当時、何が一番不安でしたか?
正直に言うと、「この先、どうやって食べていくんだ」という不安が一番大きかったです。競技しかやってこなかったので、ビジネスの知識もコネもない。一般企業で働いた経験もほぼゼロ。社会のことを何も知らないまま、いきなり放り出される感覚でした。
相談できる人もいなかった。野球を辞めた後の道を、誰も教えてくれないんですよね。
球団から紹介されたのは、手取り十数万円の仕事だった
― 引退後、最初に提示された仕事は?
球団からセカンドキャリアとして紹介されたのが、手取り十数万円ほどの仕事でした(※当時・地域や条件によります)。その金額を見たときに、「夢がないな」「これじゃ無理だ」と思ってしまった。
あれだけ本気で競技に打ち込んできた仲間たちが、引退した瞬間にこういう現実に直面する。セカンドキャリアが貧しいと、そもそもチャレンジ自体を諦める若者が増えてしまう。あと一歩でプロに届きそうな子が、「引退後が怖いから」という理由で挑戦をやめてしまう。それは違うだろう、と強く思いました。
紹介された就職を断って、個人事業主になった
― そこからどう動いたんですか?
紹介された就職は、思い切って断りました。代わりに、個人事業主として複数の企業から案件を受注する働き方を選んだんです。最初は手探りでしたよ。でも、一社に雇われるんじゃなくて、自分で複数の仕事を組み合わせていく形にしたら、結果的に一般的な会社員以上の収入を得られるようになりました(※あくまで僕のケースです)。
このとき気づいたんです。働き方を「正社員一択」で考える必要はない。フリーランス、業務委託、二刀流――選択肢を知っているかどうかで、引退後の人生は全然変わると。
一番しんどかったこと、どう乗り越えたか
― セカンドキャリアで一番苦労したことは?
やっぱり最初の「ゼロからの立ち上がり」ですね。実績も信用もない状態で、どう仕事を取るか。ここは本当にきつかった。乗り越えられたのは、競技で身につけた「やり切る力」と「人に可愛がられる力」だったと思います。スポーツって、しんどい練習を続ける継続力も、先輩後輩の中で立ち回るコミュニケーションも、自然と鍛えられているんですよ。それがビジネスでもちゃんと武器になった。
なぜ JOB PITCH を立ち上げたのか
― この事業を始めた理由を教えてください。
自分が一度どん底のセカンドキャリアを見て、そこから働き方を変えて這い上がった。だったら、同じように悩んでいる選手の”女房役”になれるんじゃないかと思ったんです。
野球でいうキャッチャーですね。ピッチャーが思い切り腕を振れるのは、後ろで受け止めてくれる存在がいるから。「ダメでも受け止める」安全網を先に渡してあげれば、安心して現役のチャレンジに打ち込める。JOB PITCHは、紹介して終わりじゃなくて、案件まで一緒に下ろして伴走します。それが僕の原体験から出た、譲れない部分です。
目指しているのは、「チャレンジできる子が、チャレンジできる世の中」です。
引退に悩む後輩たちへ
― 今まさに引退で悩んでいる現役・若手に、一言。
引退は「終わり」じゃなくて、次のフィールドへの「移籍」です。競技で培ったものは、ちゃんと次の場所で通用する。ただ、それを一人で抱え込まないでほしい。情報がないだけで選択肢を狭めてしまうのは、本当にもったいない。
僕みたいに遠回りしなくていいように、受け止める準備はできています。まずは気軽に話を聞かせてください。あなたの次の一球を、一緒に考えます。


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